2015年04月02日 02:05
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【昔を】みんなの馴れ初めをおしえて<オープン>【思い出して】
- 2 :名無しさん@おーぷん : 2015/03/30(月)00:20:14 ID:biu
- このスレ楽しいのは知ってるんだが、
あんまり自分の馴れ初めが記憶にないんだよなあ。
断片的には記憶があるんだが、いつからこうなったんだったかな・・・ - 3 :名無しさん@おーぷん : 2015/03/30(月)11:49:15 ID:M3y
- >>2
とにかくkwsk
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- 4 :名無しさん@おーぷん : 2015/03/30(月)22:39:08 ID:biu
- とりあえず、中学の同級生だった。
- 6 :名無しさん@おーぷん : 2015/03/30(月)23:29:09 ID:biu
- 1年から3年まで同じクラスだったが、当時は別につき合ってはいなかった。
クラス全体が荒れていて、とてもそんな雰囲気じゃなかった。
男子は相手を茶化したり罵倒したりして相手の顔をつぶせばつぶすほど、
女子は陰険で意地悪なほどカッコイイみたいな空気だった。
自分は超真面目だったのでそんな所にいるのは耐えられなかったが、
高校には行きたかったのでひたすら耐えた。
いわゆる内申書がものを言う時代だった。
今も高校入試に内申書という制度があるのかは知らない。
それで、上に書いたようなボンヤリした印象は残っているんだが、
中学3年間の具体的な出来事が何一つ思い出せない。
うちの奥さんと結婚してから、自分にそういう記憶がないことに気づいた。
封印した記憶をほじくり返すのは危険らしいということも、後で知った。
話はいきなり大学4年に飛ぶ。なにしろ高校も大学も記憶がとぎれとぎれにしかない。 - 7 :名無しさん@おーぷん : 2015/03/30(月)23:31:34 ID:biu
- 書き込んでから言うのも変だが、このスレにこんな暗い話でいいのか?
もっと楽しく甘々な・・・w - 9 :名無しさん@おーぷん : 2015/03/31(火)00:19:33 ID:6Fw
- 大学は、東京に星の数ほどある大学の一つに実家から通っていた。
うちの奥さんもそれは同じ。東京の大学は、地方出身者も多いが実家から通う学生も多い。
なにしろ日本の人口の1/4以上が1都3県(東京神奈川埼玉千葉)に集中しているわけで。
うちの奥さんとは高校も大学も別々で、もう縁がないはずだった。
最寄駅は同じでも、使う時間帯が合わなかったらしい。
こっちは工学部のバリバリ実験系なので、某装置の都合で朝早かったり夜遅かったり
時には泊まり込みもあったり。
ラボで学部4年生というと下っ端なので、院生や助手さんに言われるがままに動くしかない。
年中無休の奴隷生活だった。確か、完全オフの日は大晦日と正月三が日と3月31日だけだった。
あとは土日もラボに行ってた。装置は24時間365日稼働させてないとダメだったから、
教授から技官さんまでの、責任のあるスタッフが誰か1人必ずいた。だから学生も駆り出されたわけで・・・
うちの奥さんは文学部。フランス語学科だそうだが、卒業したら一瞬で全部忘れたらしい。
鼻にかかった声で「ぶーじゅー?」以外は全部忘れたといって笑ってる。(ボンジュールらしい)
何月頃かはっきりしないが、冬じゃないと思うんだが、駅の自転車置場で帰りに偶然会ったんだな。
珍しく普通の大学生の帰宅時間に帰れた日があったんだろうと思うが、もう昔のことで季節もわからない。
その日は懐かしくて、2人で自転車で近くの公園まで行って、話をして別れた。
どうもこの時の印象がお互い良かったらしい。
ケータイが普及する前に数年だけポケベルが流行った時代があったが、それよりさらに前のことだ。
ああ古い。 - 11 :名無しさん@おーぷん : 2015/03/31(火)01:04:23 ID:6Fw
- 翌年(計算上そのはず)、うちの奥さんは社会人になっていた。
こちらも修士課程で実験しつつ就職活動をしていた。その最中に、また駅で会った。
こんどはホームで。朝、奥さんが階段を降りてきて、「あっ」
あの朝の十数分の電車は楽しかったなぁ~ いや楽しいというか何というか、
もう頭の中はハッピーでわけがわからない。満員電車の中だし、つとめて平静を保ってるんだけど
お互いに好意をもってるのがはっきり分かる。
ラッシュは今よりずっとひどかった。東京通勤圏が年々広がっていくような時代だった。
後ろからグイグイ押されるのを必死に食い止めたりして紳士的にふるまいましたとも。
数駅で乗換駅、そこですぐ別れたけど、もうこの時には目の前に肉ぶら下げられた犬状態。
なおカバンはしっかり下腹部にかかえた。「若かった」w
当時の工学部の修士の就職活動は、全大学がそうだったかは知らないが
メーカーなら教授のコネで決まるのが基本だった。今就職活動をする側に立つ機会がないから
今の院生の就職活動の本当の苦しさはわからないが、たぶん当時のほうがずっと気楽だった。
ただし、教授がもってきた「見合い話」を断る自由はなかった。企業側が断る自由はあったが
こちらに選択権はなかった。だから決まるまでに時間はかかった。コネといっても1ヶ所や2ヶ所で
決まるものじゃなかったが、修士号が取れるかどうかが問題で、就職はまあどうにかなるだろう、
修士号が取れなければ取り消しだが、という感じで、悲壮感はただよっていなかった。
ラボの先輩もずっとそうだったし。
なんか馴れ初めの話から脱線してばかりだな。 - 12 :名無しさん@おーぷん : 2015/03/31(火)01:33:25 ID:6Fw
- 元々、就職活動を終えたら実験の追い込みということで
実家を出て大学の近くのアパートにでも引っ越すつもりでいた。
実際、通学の往復の時間がもったいないと思うようになっていた。
きちんとしたデータが取れなければ修士論文も書けないし。
うちの奥さんと駅で会った日からあまり経たないうちに無事就職が決まって、
それではということで、つとめて平静を保って、心の中ではもう大喜びで実家を出た。
2人とも実家通いだと連絡が取りにくいんだな。
うちの奥さんも同じようなことを考えていたらしく、どっちが先だったか覚えていないが
彼女も両親を説得して1人暮らしを始めた。あの当時、結婚前の女子が1人暮らしをするのは
今よりずっとハードルが高かったはずだが、よく許してくれたもんだと思う。
独立して、家族の目を気にせず大っぴらに夜中に電話ができるようにはなったんだが、
こちらは依然として奴隷生活だった。
とはいえ学部生に比べればまだしも時間の融通が効くようになったんで、
互いの家に行ったり来たりするようになった。
家に行って泊まり込めば、やることは決まっている。
あとはお決まりのコース。就職して、同棲を始めた。互いの両親に紹介して、結婚した。
それで、うちの奥さんが病気で倒れるところまで既定路線だが、それはもういいよな。 - 13 :名無しさん@おーぷん : 2015/03/31(火)16:46:07 ID:ru0
- >>12
確かに馴れ初めからは脱線しているが、そういう誘い受けには全力でのっかる方針なので語れはよ - 14 :名無しさん@おーぷん : 2015/03/31(火)23:17:31 ID:6Fw
- 今日は会社の送別会で疲れた。薬飲んでてアルコールには口つけなかったから頭はすっきりしてるが
なにしろ幹事は疲れる。
同棲を始めてから何年か後だと思うが、いよいよ結婚しようかということになって
うちの母親に紹介したら「え、あの娘?」と言われて仰天した。
こっちの母親と奥さんの両親は面識がなかったらしいが、
なぜかこっちの母親はうちの奥さんの顔と名前と、あのへんに住んでいるぐらいのことは
中学時代に知ってたらしい。
奥さんの母親も俺のことを名前ぐらいは聞いたことがあったとか。
元クラスメートってそんなもんなのかね。
どこの馬の骨とも知れない人物じゃないということで、特に反対もされずスムーズに結婚にこぎつけたが、
奥さんの父親は某証券会社の社員、当時部長か何かだったかと思うが、
こっちの給料をしつこくたずねられて1円単位まで白状させられた。 - 15 :名無しさん@おーぷん : 2015/03/31(火)23:55:28 ID:6Fw
- 新婚旅行は蔵王温泉に行った。
もう一般人でもハワイ旅行に行ける時代にはなっていたが
2人とも温泉が好きだから、わざわざ海外行くより2人が共通で楽しめる所に行こうということになった。
奥さんがそれでいいなら文句はなかった。
露天風呂つきの15畳だか18畳だかの部屋に泊まった。
晩御飯は、お膳を運んできた仲居さんがそのまま居残って、つきっきりで御飯をよそってくれたり
カセットコンロ(だったか固形燃料だったか)に火をつけてくれたり・・・
まだ20代の若造としては、高い部屋だとそんなサービスがついてくるのかと思って面白かった。
新婚さんですか?と訊かれて何ともくすぐったい気分になった。
布団はだだっ広い部屋の真ん中にシングル×2がちんまりと。
翌朝、気分が盛り上がって2人で部屋の露天風呂に入っていると
その仲居さんが「失礼します」とやってきた。ちょ、ちょっと待ってまだこっちは風呂だよ。うひゃぁw
今思えば向こうは慣れているんだろうが、こっちは恥ずかしい思いをした。
大浴場にも行って、足湯も入って、温泉三昧で2人でニコニコしながら帰ってきたが、
最終日に仙台で牛たんを食べて帰ろう、なんてことをやっていたら
帰りの東北新幹線の時刻がギリギリで、あと数分遅れたらもう帰れなくなるところだった。
危なかった。 - 16 :名無しさん@おーぷん : 2015/04/01(水)00:14:15 ID:0g3
- 新婚旅行も終わって、さて子供は、と思った矢先に
うちの奥さんに不正出血が出た。こういう話はネット上にいくらでも転がっていて、
いかにも陳腐だと思うが、子宮ガンだった。しかも結構進んでいたようで、
全摘しかないでしょうということになった。
夫婦でドクターから宣告された時の気分は何とも言いようがない。
頭のまわりの空間がグニャリと曲がったような感じとでもいうか。
自分より、うちの奥さんはどうなんだろうと気がついたが、一見気丈にしていたが
病院から一度家に帰る時に何でもない所でつまずいて転んだのをはっきり覚えている。
慌てて助け起こした。そのシーンだけは今でも強烈に記憶にある。 - 17 :名無しさん@おーぷん : 2015/04/01(水)00:42:26 ID:0g3
- 手術はうまくいった。その後再発もせず今に至るから、ガンについてはもう心配していない。
奥さんはこの手術のタイミングで退職して専業主婦になったが、結局うちには子供がいない。
養子をとろうという話にはならなかった。
しかたがないものはしかたがないので、2人で割り切って静かに暮らしている。
毒親とかネグレクトとかが騒がれるようになって、
このごろは夫婦だけというのも気楽でいいもんだと思えるようになったが、
それはこっちだけのことであって、うちの奥さんの心の奥底が今どんな様子なのかは
正直言ってわからない。
1人で泣いて座り込んでいるうら若き乙女のまま、時間が止まっている可能性もあると思う。
なんか暗く始まって暗く終わるが、まあ、こういう馴れ初めもあるということで。
馴れ初めスレはもっと楽しい雰囲気になるはずなので、
ぜひ嬉し恥ずかしで甘酸っぱい馴れ初めを書き込んでくれる勇者?を求む。 - 18 :名無しさん@おーぷん : 2015/04/01(水)00:59:25 ID:jFE
- >>17
乙 嫁さん何事もなく何より
計り知れない苦悩もあるだろうけど、
2人で末長く幸せにな - 19 :名無しさん@おーぷん : 2015/04/01(水)11:15:28 ID:fLX
- >>17
健康でなにより
末永く爆発してください
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コメント
初々しくてキュンとする話でした
子どもには恵まれなかったけど幸せそうだよ
話なげー
スレタイ+子宮がんだった
で終了じゃん
星の数とか表現がいちいち大げさだし
関東に人が多いことなんて言われなくても知ってるよ
養子をもらって育てるのも立派な子育てというか、崇高なことだよ。
もちろん二人だけで過ごすのも良いし、とにかく幸せになりやがれ。
真ん中辺りの電車のくだりがきもかった
※2
まあ俺もなげーし取り留めもねーとは思ったが、
馴れ初めを垂れ流すスレなんだからいいんじゃないのw
子宮がんだったとかそういうオチを求めるスレでもないし。
それにしても余分な情報が多すぎるとは思うが。
投稿主がどう考えても50歳以上だな
即物的な若造がツベコベ言ってんじゃねーよ。
この冗長さがなんともいえん侘しさや諦観、連れ添った妻への思いを生々しく匂わすんだろーが。
人間が段々老いてって来し方を振り返るときのなんとも言えない味わいが滲み出てる。
洟垂れ小僧もあと40年も生きてれば情緒が発達するかもしれん。
※7
人生経験豊かでいらっしゃるんですね
その果てにまとめサイトに辿り着き、そのようなコメントを残されるというのが興味深いです
その轍を踏みたくはないと思いますので、研鑽を積んで行きたいと思います
ご教示ありがとうございました
途中で読むのやめた
私も途中で止めて流しちゃったけど、少なくとも馴れ初め話じゃなかったよね?w
「俺と嫁の現在まで」を語りたかったんだろうけど、もっと相応しいスレはなかったんだろうか
自分は面白かったよ
時代背景とかが透けて見えて脱線するのも良かった
自分が少し下の世代だからだと、思う
若い人はその時代が見えないから
詰まらないのもあるんじゃないかな
自分は団塊世代の話が詰まらんもんw
自分の状況や境遇については呆れるほど饒舌な文章なのに、そもそもの対象であるはずの奥さんの人となりがスタート時点から全く見えてこないことが気になった。
なんだか書き割りの絵のようで、奥さん自身の情報は「元クラスメート」「東京で再会して2回目に喋ったときにはなぜか、俺のことを好きになっていた」「大学ではフランス語専攻でその後社会人」「子宮がんになったのちは専業主婦」。こんなに長い話なのに。
蔵王の旅館の部屋の描写よりは、奥さんが「そもそもどういう雰囲気の人で」とか「自分が奥さんのどんなところが好きで」とかをはるかに気合い入れて書く気がするけどなあ。
そういうのを誰かに聞いてほしいから、馴れ初めを書くんじゃないの?
あと違和感の原因は多分、奥さんへ向かう感情が「好き」と「かわいそう」の二択であるせいかと思った。
たとえば家族の手術や入院中はかかる時間が長い分、特にいろいろ感情が動く気がするけれど、たった一言「終わった」で済むのはあっさりしすぎていて不思議な気がした。
告知のインパクトについてはあれだけ筆を割いているのに。
おっちゃんによくある、話長くて中身すかすかをしっかりやってくれてますね
最後でほっとした。 ふたりきりだけど末永くお幸せに。
長い文が読めない、他人の書いた文の面白みを
自分で見つけることの出来ない頭の弱い人は
ついったーとか言うのをやってれば良いと思うよ
素人の長文駄文から面白みを見つけろってか、無理
奥さんがどんな人なのか、どういうところが好きになったのかサッパリわからない話。
それに、奥さん死んでる話かと思ったわ。
偉いね
小梨なのに専業で治療費ばっかかかる奥さんて完全に負債じゃん、理系だとお財布に余裕あるのかな
おっさんて長々語りたがる割にたいした話もしないんだよなあ
なんというか絶妙に本質をばらさないというか
どうでもいいことをだらだらと長く書いているから途中で読むのをやめた…
送別会で幹事で薬飲んでて、とかって今の報告者と奥さんの身の上に
何か関わる話かと思ったら(自分ももうすぐ定年だとか、今闘病中だとか)
何の意味もなくてびっくり
別に叩くほどでもないけど、驚くほどポイントを外した文章だ
理系中高年ってこういうもんなのか?
もったいぶってからのほとんどスレタイと関係ない内容の長文ww
嫁生きてるのか、よかった。
何か私小説でも呼んでる感じだった。
馴れ初めってなんだっけと思うほど長い割には読み終わって、え?どれ?みたいな。
たぶん自分の馴れ初めを思い出そうとしてずるずるでてきたのをそのまま書いたんだろうね。
幸せそうならなら何よりだ。犬とか猫飼えばいいよ。
俺も途中で読むのやめたけど
便所の落書きをわざわざ引っ張ってきて大通りに晒したのを
ワラワラ集まって俺らは読んでんだから文句いうのはやめようぜ。
子宮ガンって事は、すげえ言いにくいけど
「男性由来のウィルスが原因」なんで、だな…
暗黒の中学時代の記憶の鍵を
文学部無駄金奥さんが握っていると思ったのに
※25
子宮がんも子宮体がんと子宮頸がんがあってだな
頭が良くないのは※15の方じゃないの
50歳ぐらいの人かな
真実なのは理系の大学生だったことくらいだろうな
たぶん地方出身で歳ももっと若いでしょ
養子もらえばいいのに
子供は親によって何色にでも染まる。
血のつながりがあろうがなかろうがとてもかわいいぞ~w
養子を黙ってもらいなさい。
俺のように。
余分な情報が多い・・・
最初と最後だけ読んだ
多分十分
中学時代の記憶がなぜ途切れているのか
もやもやだけが残った。
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